汽車旅の記憶(4) 倉吉線【1982年8月】



倉吉線は、山陰本線の倉吉駅と山守駅を結ぶ全長20.0kmの路線です。もともとは山陰本線と倉吉の市街地を結ぶためにつくられました。後に中国山地を越えて中国勝山まで延伸する計画が生まれ、山守まで延伸。しかし、過疎化と国道の整備等のために延伸計画は立ち消えとなり、さらに路線自体も衰退、国鉄再建法に基づき1985年4月に廃止となりました。
私が倉吉線を探訪したのは1982年8月、大学のサークル仲間と山陰方面に合宿で出かけた帰りです。当時の私たちの合宿は「東京集合、現地解散」が通例で、解散後も旅を続けることを「延長戦」と称していました。私の探訪も「延長戦」の一環ということになります。乗ったのは夕方近くのディーゼルカーでした。倉吉線には、全長20キロの短い路線ながら区間運転の列車も複数設定されており、中にはディーゼル機関車牽引の客車列車もありました。
山守駅は「何もない終着駅」として知られており、ホームからやや離れた位置に建てられた駅舎はほとんど掘っ立て小屋のようでした。駅前には店はおろか、民家もまったくありません。終着駅まで乗ってきた乗客もごく少なく、「過疎地」を感じさせる印象が強かったことを思い出します。実際、後で振り返ってみれば、私が訪れたのは「廃止の約3年前」ということになります。

